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仁徳天皇陵前で太古に思いを馳せる〔2463〕2010/01/12

仁徳天皇陵前で太古に思いを馳せる

2010年1月12日(火)降ってまんがな

てな訳で今朝は大阪。午前中の飛行機に乗ってやって来ました。堺、泉佐野方面でのお仕事のため、南の方をロイロイしよります。

ここは仁徳天皇百舌鳥耳原中陵。通称仁徳天皇陵ですな。お昼の時間に撮影してみました。駅からしゅっとのクにある仁徳天皇陵、今まで来たことなかったですが、すごいですね、こりゃ。このでかさはタダゴトぢゃあありません。

今、こっからひと山東へ越えた、奈良の巻向がこぢゃんと注目を浴びちょります。3世紀後半の箸墓古墳のある巻向は、どうやら邪馬台国そのものではないか、という発見が相次いじゅうのであります。

邪馬台国は巻向で生まれ、首長霊信仰を発展させて大和朝廷を築き上げていったがやないろうかという議論が沸騰しちょります。で、巨大な前方後円墳を造り、支配下の各地の豪族には朝廷のものより小さい前方後円墳を造らせて影響力を行使したともいわれます。

で、力を付けた大和朝廷は、防御に便利な奈良の巻向から、全国を支配するのに便利な海沿いの河内へと本拠を移したがかも知れません。で、大阪平野南部に、巨大な前方後円墳がどっしこ造られたと。

真偽はともかく、古代のニッポン人が、このような構築物をこさえたことはすごいです。ここは前方部分。鍵穴の形の下の部分の真ん中。こっから、このようにかろうじて3重堀の中の墳墓が見えます。ここ以外の廻りからは、一番外の堀と、その内側の部分が見えるだけで、墳丘を直接みることもできない大きさ。外周の堀のまわりを1周すると約3km。

この周囲を歩きよりますと、この西側へは坂になって下っていきゆうことがわかります。ここは丘の上。つまり、ここに古墳が造られた頃は、海岸沿いの丘の上につくられたということが想像できます。

なだらかな坂道と陵を見比べながら、太古の、古墳だらけのこの界隈の景色を妄想するのも楽しゅうございました。


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