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早朝の宝永町、知寄町〔2038〕2008/11/13

早朝の宝永町、知寄町

2008年11月13日(木)雲一つ、ホントに雲一つありません

空気が澄みわたった朝。これを快晴と言わずしてナニを快晴と言うのでしょうか。絵に描いたような秋晴れの朝になりました。ここは早朝の宝永町の交差点。早朝の電車が走り始めちょりました。

正面に介良の山が見えよりまして、その向こうにお日様が昇る準備を始めちょります。この交差点を左へ行きますと、一文橋を渡って高知インター方面へ。右へ行くと、鏡川大橋を渡って桟橋通り、土佐道路方面へ。今でこそ交通の要衝になっちゅう宝永町交差点ですけんど、以前は右も左もドン詰まりみたいになっちょりまして、特に左手の、一文橋までは住宅が密集しちょったですよね。

どんなになっちょったか、早くも記憶が薄れてきました。宝永町の、南北のメイン通りはこのもうちょっと手前、こないだまで高知スーパーさんがあった西を北へ抜けちゅう道やったですよね。その道沿いに秋葉神社の祠とかがありますきに、メインストリートやったことは間違いないでしょう、昔から。今は静かな裏通りになっちょります。一文橋へは電車通りから真っ直ぐ行けんかった記憶がありますね。ごちゃごちゃしちょりました。

以前にもお話しましたが、宝永町という地名は、宝永堤という堤防がここにつくられたことに由来しちょります。今から丁度300年ほど前、1707年の宝永の大地震、これはとにかく巨大な南海地震やった訳ですが、その地震の際にこの界隈は津波と地盤沈下で海に沈んでしもうたので、その復旧事業として、この南北に堤が築かれた訳です。その堤を宝永堤と呼びました。この堤から東が知寄。1708年に書かれた、長宗我部元親さんの時代のことを書いた「土佐物語」に、「知寄などいふ底もなき渕なれば、たやすく埋草も及ぶ所にあらず」と書かれちょります。海やった訳ですね。それも「いふ底もなき」程の深さがあった箇所もあった訳です。


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